那古野神社と御朱印

0那古屋神社
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こんにちは。浜屋はまやん(@hamayan8080)です。

那古野神社」の御朱印をいただきました。

都会の中でしかも車の通りが激しい場所なのに、中に入ってしまうとなんとも静かな印象を受けました。神社という不思議な場所です。

那古屋神社へのアクセス

那古屋神社は名古屋城の南側にあり、名古屋高速都心環状線の真下にあります。愛知県庁や名古屋市役所からもとても近いです。

地図

愛知県名古屋市中区丸の内二丁目3-17
電話番号:052-231-4030

名古屋城からも歩ける距離にあるんですが、大きな通りで人が通れる横断歩道の場所がなかなかないので土地勘が無い人は地下鉄「丸の内」駅からの方が行きやすいと思います。

電車でアクセス
地下鉄「丸の内」駅から5分
時間
9:00~17:00
神社の観覧料金
無料

那古屋神社の歴史

01那古屋神社
御祭神
須佐之男神、櫛稲田姫神

平安時代

醍醐天皇の時代です。

911年(延喜11年)に名古屋神社は建てられました。現在が西暦2000年代なので1000年以上前のことです。

この時に、現在の名古屋城正門からでてすぐ南あたりに建てられました。(この時代にはまだ名古屋城はありません)。当時は亀尾天王社(かめのおてんのうしゃ)と呼ばれていました。

室町時代

織田信長のお父さんの時代です。

1532年(天文元年)の織田vs今川合戦で社殿を焼失。1540年(天文8年)織田信秀(信長のお父さん)によって再建されています。

江戸時代

徳川家康の時代です。名古屋城築城が決定。名古屋神社が位置的に名古屋城の築城予定地とかぶるので、場所を移動させえるか、このままの場所にするか、どうしようかとなりました。

1610年(慶長15年)、徳川家康がおみくじをひいて「移転はよくない」との結果に。

名古屋城の三の丸に取り込まれました。それにより「三之丸天王社」ともいわれるようになりました。この時、名古屋城の守護するために祀られた神(総鎮守)、城下町の氏神さまとなりました。

この時に新たに三之丸東照宮(現・名古屋東照宮)と隣同士になりました。現在でも隣同士です。

明治時代

明治維新の時、須佐之男(すさのお)神社と改称しました。

1876年(明治9年)城内に名古屋鎮台(軍隊)が置かれたため、名古屋東照宮とともに現在の場所に移転しました。

1899年(明治32年)那古野神社と現在の神社名なりました。

昭和時代

1945年(昭和20年)3月19日の名古屋大空襲で本殿などを残念だながら消失。戦後再建されました。

那古屋神社

那古屋神社の鳥居をくぐると、手水舎があります。龍の立派な細工。今にも動きそうです。

02那古屋神社

那古屋神社の正面から。狛犬がいます。

04那古屋神社

こじんまりとした神社だけど歴史はかなり古いです。

那古屋神社の御朱印

御朱印をいただける場所はお参りしたすぐ右にあります。分かりやすい場所にあります。

御朱印の値段
300円
05那古野神社

那古屋神社の御朱印は御朱印帳一杯に大きな文字で書かれています。

神社の御朱印はシンプルなものが多いのに力強さを感じました。

はまやんのまとめ

街中にある小さな神社ですが、歴史は1000年以上と非常に古い神社です。

那古野神社は毎年恒例の天王祭が行われているのでぜひ見に行きたいです。

 

名古屋神社の隣に明治時代に一緒に移転となった名古屋東照宮があります。

葵紋の御朱印がいただけるのでぜひのぞいてみてください。

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0那古屋神社